A.V.C 64(Series181)

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「あじあ号」を超える夢(島秀雄 in 大連)~満鉄パシナ  

最近、鉄道関係の記事がよく目に付きます。
今回は12/21の読売新聞に掲載されたタイトルの記事をご紹介いたします。
個人的には、日本の国策会社だった南満州鉄道のSLの写真に眼を引かれました。
なお、島秀雄氏は、D51の設計者で、東海道新幹線の設計にも携われた有名な方です。
父安次郎氏、息子隆氏と三代にわたる高速鉄道開発の歴史は、少し前にNHKでも特集番組が放送されましたね。
 
以下、記事の抜粋です。
《ハルビン-大連間の約900キロを12時間半で結んだあじあ号は最高時速130キロ。東洋一とうたわれた。当時としては斬新な流線型の蒸気機関車「パシナ」が主に牽引。客車は冷暖房完備、食堂車ではロシア人ウエートレスが特製カクテルをサービスする夢の豪華列車だった。
島が大連を視察したのは、39年と40年。当時、東京-大阪間を4時間半で結ぶ「弾丸列車計画」に取り組んでいた。》
(中略)
《12両製造されたとされるパシナの1両(写真のSL)が、大連駅近くの倉庫に保存されていた。戦後、中国政府に接収され、79年まで現役として活躍したという。動輪直径2m、高さ4.6m、全長約26m。さびついてはいるが、圧倒的な存在感だ。》

 
(中略)
《旅行会社社長の周世和さんは「(日本が開発・製造したものでも)パシナは大切に保存されるべきだ」と語る。
日本占領期に作られた大連駅は、上野駅をモデルにしたとされる。乗客は2階を通ってホームへ下り、到着客は地下道を通って1階から駅外へ出るという、当時としては先進的な立体構造。島が利用した時とほぼ変わらぬ姿の駅に12月1日、真新しい流線型の列車が乗り入れた。あじあ号と同じ大連-ハルビンを結ぶ高速鉄道が開通したのだ。最高時速350キロで所要時間は最短3時間半。
満鉄には「侵略」という正当化できない歴史がつきまとう。しかし、鉄道を愛する人々の夢は、80年の時空を経て、どこかでつながっているようにも思えた。》
 
南満州鉄道については、自分の年代では本やテレビでしか知りません。
中国で70年代まで、パシナが走っていたことは聞いたことがありましたが、変化の著しい中国で保存機があるとは知りませんでした。
機会があれば見に行ってみたいと思いますが、自分が中国へ行くことはないでしょうね。
 
読売オンライン上の記事は見つかりませんでした。
なお、掲載が不適とのご指摘などがあった場合は速やかに削除いたします。
 

 
 
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Posted on 2012/12/24 Mon. 14:50 [edit]

category: その他

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