A.V.C 64(Series181)

Audio.Visual.Camera...

「とき」使用200系、引退へ…4月ラストラン  

昨日の読売オンラインからです。
4月に「さよなら運転」があるようですね。
 
1982年の上越新幹線開業当初から「とき」の車両として使用され、新潟県民に親しまれてきた「200系」が、ダイヤ改正のため3月15日で定期運行を終える。
JR東日本は4月に特別ラストランを企画しており、車両に貼るラッピングデザインを募集する。

(中略)
ダイヤ改正に伴い、東北新幹線の「はやて」などで使用されてきた1階建ての「E2系」を26日から順次導入し、2階建ての「E4系」との2車種での運行となる。
200系の定期運行は3月15日で終わるが、同社は4月14日に新潟―東京間を走る特別列車「さよなら200系」号の運行を計画している。
募集するラッピングデザインは、特別列車の先頭車両に貼られる。「200系への惜別の想い」を表し、未発表のオリジナルデザインであることが条件。募集期間は2月4~22日消印有効で、郵送で応募する。
2月1日から同社ホームページで公開される応募用紙か、管内の主な駅にある専用パンフレットを使用する。応募先は新潟市中央区花園1の1の1、JR新潟支社ビル4階、ジェイアール東日本企画新潟支店内、「200系惜別ラッピング」募集事務局。
問い合わせはJR東日本新潟支社広報室(025・248・5107)へ。
 
自分は、こういうのは苦手なので無理ですが、絵心のある方は応募されてはいかがでしょうか。
 
読売オンラインの記事はこちら
なお、掲載が不適とのご指摘などがあった場合は速やかに削除いたします。
 

 
 
話題のブログはこちらから

Posted on 2013/01/31 Thu. 07:25 [edit]

category: その他

tb: 0   cm: 4

C57(135号機)~1976 交通博物館にきた頃  

約37年前の1975年(昭和50年)12月14日、国鉄の営業路線上から蒸気機関車が牽引する定期旅客列車が消滅しました。
当時、自分は小学校の中学年で、北海道はあまりにも遠くテレビ映像を指をくわえて見ることしかできませんでした。
その最後の旅客列車を牽引したC57 135号機が1976年5月に交通博物館にやってきたことから、翌月すぐに見に行ったときの写真です。

 
ロットにはまだ綺麗に油が乗っており、最近まで動いていたことが感じられました。
交通博物館には閉館直前に行くことができ、万世橋でC57 135号機に会うことはできましたが、鉄道博物館には未だに行ったことがありません。
なお、交通博物館の跡地(中央線旧万世橋駅跡地)は再開発中で、ビル(左奥)が建設中です。

 
写真は、昨年10月末のもの(再掲)ですので、景色はさらに変わっているかと思います。
 

 
 
話題のブログはこちらから

Posted on 2013/01/31 Thu. 07:07 [edit]

category: 鉄写(OLD)

tb: 0   cm: 4

フェラーリ・レインボウ(ベルトーネ)~LA CARROZZERIA ITALIANA '77  

1977年(昭和52年)の7月、東京晴海の国際見本市会場で、「LA CARROZZERIA ITALIANA(カロッツェリア・イタリアーナ) '77」という催しがありました。
イタリアン・デザイナーのコンセプトカーが展示されたイベントで、多くが世界に1台~数台しかないという貴重な車でした。
写真は、ベルトーネがデザインした「フェラーリ・レインボウ(FERRARI RAINBOW)」という車です。

 
スーパーカー・ブームに乗って、開催されたものでしたが、こういった大規模なコンセプト・カーのイベントが開かれたのは、後にも先にもこの時だけだったと思います。
この時の写真を、今後、順次アップしていきたいと思います。
 
 

Posted on 2013/01/31 Thu. 06:46 [edit]

category: 車(クルマ)

tb: 0   cm: 0

2100形(2109号機)~流し撮りは成功、でも…  

先日、ご紹介した日本工業大学のB6(2109号機)の続きです。
久しぶりに流し撮りをしてみました。
シヤツタースピードを落として、流し撮り自体はうまくいったのですが、ISO感度を落とすのを忘れたため、露出オーバーで超ハイキーな写真になってしまいました。
今のカメラで、露出で大失敗することはほとんどないのに、失敗してしまうとは我ながら情けないです…
PCで無理矢理露出をアンダー方向へ振ってみましたが、当然ながら自然な発色とはいきませんでした。でも、「これはこれでいいか、なかなかこんな写真も撮れないし」と、自分を納得させることとしました…

 
ちなみにこの機関車、順番で誰でもキャブに載せてもらうことができます。
実際は小さいお子様とその親御さんがほとんどでしたが、恥ずかしながらいい歳をして自分も乗車させてもらってしまいました(笑)。

 
120年前のSLが今も稼動するということは素晴らしいですが、それに乗せてもらえるなんてちょっと感動しました(オーバーですかね)。
僅か100mm程度の線路の往復ですが、丸窓から見る景色は楽しかったですよ。
 
最寄り駅は、東武スカイツリーラインの東武動物公園、JR東日本なら東北本線の新白岡または久喜になります。
なお、この2109号機は1992年(平成4年)に大井川鉄道から寄贈されたものです。
そういえば、昔、大井川鉄道に行った時、こんな機関車が千頭の駅の端っこに置かれていたのを見たような、見なかったような…
 

 
 
話題のブログはこちらから

Posted on 2013/01/30 Wed. 06:55 [edit]

category: 鉄写

tb: 0   cm: 4

485系(在りし日のK60)~イルカはもう跳ばない  

既に多くのブログで紹介されているところではありますが、イルカのK60編成とK40編成がいなくなってしまったようですね。
熱心に追っかけをしたこともなく、写真もそれほど撮っていませんので再掲になりますが、在りし日のK60編成の写真をご紹介します。
写真は、たしか3枚とも武蔵野線の東松戸駅で撮ったものだったと思います。
1枚目は、2012年6月に撮った急行「ぶらり鎌倉号」、ちゃんとヘッドマーク付で走っていましたね。


2枚目は、2011年11月に撮った「舞浜・東京ベイエリア号」、イルカがわかるように撮ったものですが、ヘッドマークは残念ながら「臨時」でした。

 
3枚目は、2枚目の列車のリアエンド、なんとなく寂しそうに見えますね(これは初出です)。


どうも自分はK60編成しか写真を撮る機会がなかったようです。
しかし、想定されていたとはいえ、いきなり廃車なのですね。
「さよなら運転」とかしてくれればよかったのにと思います。
個人ではいかんともしがたいですが…
 

 
 
話題のブログはこちらから

 
 

Posted on 2013/01/29 Tue. 06:43 [edit]

category: 鉄写

tb: 0   cm: 6

EF58(上越線スキー列車)~雪付!  

EF58 135号機の牽引する上越線の臨時列車です。
雪が付いているので、おそらく上りの急行「小出スキー号」か急行「石打スキー号」だと思われますが、この写真は紙焼き(六切)しか見つからず、フィルムもメモもありませんでした。

 
場所は、おそらく群馬総社or八木原の何処かだと思います。
時期は、この辺りによく行っていた1978年or1979年の1月~3月頃ではないかと…
記憶もなく適当に書いてしまいましたが、違っていましたら申し訳ございません。
それにしてもフィルムは何処へ行ってしまったのでしょう。
 

 
 
話題のブログはこちらから

Posted on 2013/01/28 Mon. 07:01 [edit]

category: 鉄写(OLD)

福島製SL復活  

本日(2013.1.27)の読売新聞朝刊の復興掲示板にあった記事からです。
読売オンライン内には現時点では見つかりませんでした(後日掲載されるのかもしれません)。
この会社が、ディズニーランドのSLを製造したのですね…知りませんでした。
 
福島市の鉄道車両メーカー「協三工業」が21年ぶりに蒸気機関車(SL)を製造した。栃木県の鉄道愛好家が「福島製のSLを復活させ、福島の人を元気づけたい」として発注した。かつて製造に携わった同社OBも協力し、1年がかりで仕上げた車両は27日、関係者やSLファンに披露される。
完成したのは全長約4・6m、幅約1・5m、高さ約2・5m、重さ約6トン。旅客用に比べると小型で、遊園地などを走るレジャー用と同じくらいの大きさだ。
同社は1940年に創業し、翌年からSLの製造を始めた。旅客や貨物、レジャー用と幅広く手がけたが、需要が減り、91年に東京ディズニーランド向けに製造した100両目を最後に受注が途絶えた。技術者も入れ替わり、SLに精通した社員はいなくなった。

転機は東日本大震災後の2011年8月。全国各地の機関車を収集・展示している「那珂川清流鉄道保存会」(栃木県那須鳥山市)の岡一美代表(66)から「力強く走るSLを見てもらい、原発事故の影響に苦しむ福島の人たちを元気づけたい」と依頼があった。
(中略)
同社は「技術者がいない」といったん断ったが、加藤守社長(64)が「貴重な技術を受け継ぐきっかけにしよう」と受注を決断。同社OBの技術者7人に協力を求めて、12年1月から製造を開始した。倉庫に保管していた1950年頃の設計図を引っ張り出し、部品のほとんどは一から作った。蒸気の力を車輪の回転に変える仕組みの調整に苦労したが、今月20日には同社敷地内で試運転に成功した。
(中略)
同社は27日午前10時から完成記念式典を開き、10時半頃から敷地内の線路で実際に走らせる。一般の人も見学できる。SLはその後、同会に引き渡される。
加藤社長は「原発事故で一時は工業製品にも風評被害の影響が出た。これからも福島を元気づける仕事をしていきたい」と話している。問い合わせは同社(024・593・4901)へ。
 
時間があれば、見に行きたかったところですが、福島市へは東北新幹線を使ってもドア・トゥ・ドアで3時間、行くにはちょっと遠いです。
(諸事情で群馬に行ったのでもともと福島には行けませんでしたが)
仙台にいた頃、今の時期に、土湯温泉とか新野地温泉とかに行ったことを思い出しました。
雪の中で入る温泉は良かったなぁ…と温泉の話になってしまいました。
 
SLの全体写真は福島民報のサイトにありましたので、興味のある方はこちらへ。
なお、掲載が不適とのご指摘などがあった場合は速やかに削除いたします。
 

 
 
話題のブログはこちらから
 

Posted on 2013/01/27 Sun. 19:49 [edit]

category: その他

tb: 0   cm: 2

E233系(AKB48 VS ガンダム)~師走の京浜東北線と  

こんな時期に年末に撮った写真で恐縮です。
上野駅で583系寝台特急「あけぼの」を撮った昨年12月29日、帰り道の秋葉原が普段と違って閑散としていたので、逆にちょっと寄ってみたくなり駅から外へ出てみました。
時々テレビにも出てくる「AKB48カフェ」と「ガンダム・カフェ」の上を、京浜東北線のE233系が走り抜けていきます。
この日、「AKB48カフェ」にはあまりお客さんがいなさそうでした。


一方、その左隣の「ガンダム・カフエ」の前には行列ができていました。
ガンダム人気は相変わらず高いようですね(自分はよくわかりませんが…)。


AKBの方は劇場が別の場所にあるので、そちらに人が行っていたのかもしれません。
(ちなみに自分は劇場へ入ったことはありませんよ)。
それにしてもガンダム・カフェの行列は女子がほとんどですね、なぜでしょう?
 

 
 
話題のブログはこちらから

Posted on 2013/01/26 Sat. 12:07 [edit]

category: 鉄写

tb: 0   cm: 0

115系(両毛線普通列車)~EF58との出会い  

1979年(昭和54年)11月18日、両毛線の前橋駅付近で撮影しました。
EF58は86号機、団体臨時列車「両毛線全通90周年記念号」(上り列車)を牽引していました。
(下り列車は以前ご紹介いたしましたが、この上り列車は後日別途掲載します)。
夕方で全体にザラザラしていますが、115系の大玉ヘッドライトが機関車に反射して綺麗でした。

 
昨日、母親の手術のため群馬に行ってきました。
先般コメントをいただきました皆様ありがとうございました。
手術は無事終了いたしましたが、この後のリハビリが大変なのですよね。
 

 
 
話題のブログはこちらから

Posted on 2013/01/25 Fri. 07:18 [edit]

category: 鉄写(OLD)

tb: 0   cm: 2

井笠鉄道記念館ピンチ、所有権が破産管財人に  

1月22日の読売オンラインからです。
この記念館に行ったことはないのですが、井笠鉄道というフレーズに聞き覚えがあったので調べてみたところ、ここに保存されているドイツのコッペル社製1号機関車は、西武鉄道山口線で活躍していた機関車ではないですか。
自分は1976年に西武鉄道山口線でこの機関車に会っていました。
 
路線バスなどを運行していた井笠鉄道が昨年10月末に事業廃止したのに伴い、同社の軽便鉄道時代の備品や車両を展示する「井笠鉄道記念館」(笠岡市山口)の存続が危ぶまれている。
破産手続きの開始で所有権が破産管財人に移り、資産が処分対象となっているためだ。破産管財人は「どうなるかわからない」としており、地元住民や鉄道愛好家らは、笠岡市などに存続を求めている
井笠鉄道は1911年、井原笠岡軽便鉄道として創立され、13年に井原―笠岡間の19・4キロで営業を開始。矢掛町や広島県福山市神辺町に延伸し、40年には総延長37キロに及んだ。しかし、自家用車の普及に伴って利用者が減り、71年に全線が廃止されてバス路線となった。
記念館は、81年に開館。旧新山駅の木造駅舎を活用し、待合室だった展示室には、合図灯やベル、レールの一部、切符や制帽など約100点が所狭しと並べられている。駅舎の隣には、当時活躍したドイツ製の蒸気機関車や木造の客車もある
(中略)
地元の新山地区自治会長、木山健さん(71)は「地元の歴史を伝えており、高齢者にとって思い出の場所。住民が管理に協力する」とし、市の取得か賃借による存続を要望する。これに対し、笠岡市は「記念館の文化財的価値については評価が難しく、何とも言いようがない」(企画政策課)と慎重な構えだ
日本の経済発展に重要な役割を果たした産業遺産を研究する産業考古学会は02年、同駅舎などを「推薦産業遺産」に認定。同会の堤一郎さん(62)(機械工学・技術史)は「駅舎も車両も営業時とほぼ同じ場所にあり、井笠地域の都市間連携の歴史を象徴している。活用の仕方によっては観光資源にもなるはずで、存続の道を探ってほしい」と話している。
記念館は午前9時~午後5時で、無料。水曜休館。
 
井笠鉄道記念館に保存されている1号機関車の現役時代の写真です。
小学生がハーフ版のオリンパス・ペンで撮った写真ですので、画質についてはご容赦ください。

 
破産管財人の方は、記念館に保存されている歴史的遺産が散逸しないようにしていただきたいと思います。バラバラになってから後から収集するのは不可能と思います。
ただ、地元の笠岡市が保存に消極的というのは残念なことですね。
 
読売オンラインの記事はこちら
なお、掲載が不適とのご指摘などがあった場合は速やかに削除いたします。
 

 
 
話題のブログはこちらから
 

Posted on 2013/01/23 Wed. 07:16 [edit]

category: その他

tb: 0   cm: 0

プロフィール

カレンダー

検索フォーム

最新記事

最新コメント

カテゴリ

アーカイブ

ブロとも一覧

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード


▲Page top