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地下鉄銀座線の渋谷駅が東急ビルにある理由  

昨日(6/11)の日本経済新聞朝刊に「銀座線駅、なぜ東急ビルに」という記事が載っていました。
一言で言うと、五島慶太氏が、まだ田舎だった渋谷から銀座方面への路線を作ろうと東急グループ自ら渋谷~新橋間を建設したからということです。

1941年に帝都高速度交通営団が地下鉄各社を統合する形で発足しましたが、営団地下鉄は公共団体や国鉄も出資した日本最初の第三セクターでした(都営地下鉄と比べて東京メトロの方が現JR駅との接続が便利なのも国鉄が出資していたからかもしれませんね)。
営団地下鉄は、2001年の特殊法人改革で民営化が決定し2004年4月から東京地下鉄株式会社として特殊会社化され現在に至っています。
写真は渋谷駅を発車していく銀座線1000系です(2013年3月撮影)。


東急東横線の渋谷駅が地下に移転し、地上部分を走る東京メトロ地下鉄銀座線が目に付く。ヒカリエの脇を通り、東急百貨店東横店のど真ん中にある渋谷駅へ。その後、渋谷マークシティの途中階にある車庫へ移動するが、これらはすべて東京急行電鉄のグループ企業のビル。なぜ別会社なのに東急のビルに駅があるのだろうか。
 
秘密は同線の成り立ちにある。銀座線のルーツである国内最初の地下鉄は1927年に浅草~上野間で開業した。東京メトロの前身である東京地下鉄道が開業し、34年には新橋に到達する。一方、同じ27年に開業したのが東急の前身である東京横浜電鉄の渋谷駅。同社役員の五島慶太氏は郊外の片田舎だった渋谷を一大ターミナルに育てる野望を抱いていた。「夢実現のために欠かせないと考えていたのが銀座など中心部へのアクセスだった」(東急社長室の田中翔太郎氏)
五島氏は銀座方面への路線を作ろうと、38年に地下鉄の東京高速鉄道(渋谷―虎ノ門)を開業。翌39年には新橋まで延伸し、地下鉄同士の相互直通運転が始まる。これが後の銀座線で、41年に地下鉄各社を統合した帝都高速度交通営団が発足するまでは、別々の会社が運営する路線だった。渋谷駅でこの地下鉄は、東横百貨店(現・東急東横店東館)の脇を通り、山手線をまたいだ先にあるビルの3階に設けたホームに入る。このビルが現在の東横店西館で、戦後の増改築で百貨店の中にある銀座線渋谷駅が生まれた。
 
歴史をたどると、地下鉄銀座線の渋谷駅側は五島氏が敷いた路線。地下鉄に東横店内の特等席が与えられても何の不思議もない。渋谷駅の研究者、昭和女子大学の田村圭介准教授は「そこに五島の考えや取り組みが結実している」と話す。
 
今年3月、東急東横線の地上ホームが85年の歴史に幕を閉じ、渋谷駅では今後十数年にわたる大規模再開発が本格化しつつある。東横店東館はすでに閉館、同西館や南館もいずれ壊され、跡地には国内随一の超高層ビル群が建つ予定だ。銀座線もホームはやや表参道寄りに移動する計画だが、駅ビルを通りマークシティの車庫に入る基本的な構造はそのまま残る見通し。田村准教授は「銀座線が地上3階にあることで、渋谷駅はこれからも渋谷駅らしくあり続けるだろう」とみる。
 
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Posted on 2013/06/12 Wed. 06:43 [edit]

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